わかろうと『してくれない』わけじゃない、『わからないんだ』
- 冷たい態度をとられる
- 怒ったような声で接せられる
- イライラする言動が目につく
ついついまわりのひとの言動や行動で、気持ちか落ち込んだり、自分まで嫌な気分になることが多くありますよね?
『やめてほしい!』と勇気を出して伝えたところで、あいてからは、
- 気にしすぎ
- 勘違い
- 被害妄想
なんてまともに取り合ってもらえないことで、さらに嫌な気分になることもあります…。
そうなると孤独を感じたり、裏切られたような気持ちで不安に押しつぶされそうにもなりますよね。
しかしそれは結論からいうと、あいてはこちらの気持ちが本当に『わからない』ということもあるんです!
【どうして?】理解してくれない『感覚が違う』ということについて
私たちHSPの感じる力は、人と接するなかで、
- あいての感情を察しやすい
- 場の雰囲気をよむ
いった特徴、個性が発揮されます。
なのであいての気持ちを深読みし、どう対応していくかを細かくシミュレーションして、『深く共感しながら話を聞ける』という良い面があります。
しかし反対に、深く感じ過ぎるがゆえに、
- 周囲に気を使いすぎる
- 自分の意見を言えなくなる
- 嫌われないように我慢し続ける
というような悩みも抱えてしまいます。
しかしいくらこちらが『場の空気を壊さないように、誰も傷つかないように…』と、
ものすご~く気を使っていても、HSPでないひとは、きっとそこまで気にしてません。
理解してくれないことに『疑問』を持つことで変わってくる
そんな風に『自分の感覚について』のことに何となく気づいても、
『あいてに自分のような感覚がどのくらい【ない】のか』なんて、認識しているひとはほぼいないと思います。
なぜなら『感覚』というものは生まれた時から当たり前に備わっていて、わざわざ言葉に出してあいてに確かめるということがないからです。
私たちHSPが思っている以上に、まわりのひとは『気づいてない・わからない』ということです。
どんな人にもどこかしら繊細なところはありますし、繊細な感覚を全く持たないというわけではありません。
ただHSPは、とりわけ感じる力が強いため、『きっと自分と同じように感じているはず』と思ってあいてに接すると、想像以上のすれ違いが生じ、誰も悪くないのに傷ついてしまうことがあるのです。
そしてこれは他人ではなく、両親や兄弟、そして長く連れ添ったパートナーでも通ずるところがあります。
実際に心配性わくわく自身、妻とは付き合ってから10年以上経ちますが、それでも『なんでそう感じないんだろう…』と不思議に思うことが多々あります。
しかし、それはきっと非HSPの妻も『同じようなこと』を心配性わくわくに対して感じていると考えたら、とても納得しました笑
【まとめ】『理解してもらえないこと』で落ち込みすぎなくて良い。
- HSPはあいての気持ちを感じやすい
- 非HSPのひとはHSPほど気にしない
- お互いに『自分の感覚』というものを100%共有することはできない
- 分からないからこそ、『互いに理解しようとする姿勢』が大切
自身もHSPのカウンセラー、武田友紀先生はこう語っています。
私が当たり前に感じるこの感覚が、本当に「ない」んだ。文字通り「わからない」んだ。
その事実を受け止めるには、ずいぶん時間がかかりました。大切な相手と分かり合えない寂しさや深い悲しみがありました。
それでも、時間をかけて少しずつ感覚の違いを受け止めるにつれ、親との関係も、他の人とのやり取りも悩むことがずいぶんと減りました。
<中略>
今では、感覚への理解と愛はイコールではないのだとわかります。
「理解はなくとも愛はある」という形もあり、それはそれであたたかいものだと思っています。
誰しも『自分のことをわかってほしい』という素直な願望があります。
そしてそれは繊細で、感度の高いHSPのひとほど、この『想い』が強く出てしまうことがありますよね?
でもそんなときこそ、『わかってくれないわけじゃなくて、本当にわからないんだよね』ということを思い出してみる。
そうすることで『気持ちを押しつけ合う』のではなく、『互いに理解しようとできる』のではないでしょうか。
心配性わくわくは、そう思いました(*゚ー^)